「幸福学」研究の第一人者、前野隆司氏と共同研究したサーベイ『ソラミドWell-being』を通して、次世代の自由でフラットな組織を模索する


誰しも、「自分らしく生きたい」と思ったことはあるはずです。
今の仕事は、自分に合っているのか。この場所にいる自分は、本当に自分らしいのか。もっと別のどこかに、本当の自分がいるのではないか。
そう考え始めると、人は自分の内側を深く掘ろうとします。過去を振り返り、性格を分析し、強みや弱みを整理し、自分の奥にある“答え”を探そうとする。
けれど、もしかすると「本当の自分」は、自分の中を掘っても見つからないのかもしれません。
自分らしさは、心の奥に眠っている原石のようなものではなく、人や仕事や暮らしとの関係の中で、その都度立ち上がってくるものではないか。そう捉えると、「自分探し」の苦しさは少し変わってきます。
スカイベイビーズでは、人が自然体で働くことを大切にしています。ただし、それは「最初から自分らしさがはっきりしている」という意味ではありません。
自分らしさは、固定された正解ではなく、関係の中で少しずつ見えてくるもの。だからこそ、「本当の自分」を自分の中だけに探すのをやめると、人生の見え方は変わっていきます。
代表・安井の視点からひも解きます。

クリエイティブディレクター・代表取締役。クリエイティブや編集の力でさまざまな課題解決と組織のコミュニケーションを支援。「自然体で生きられる世の中をつくる」をミッションに、生き方や住まい、働き方の多様性を探求している。2016年より山梨との二拠点生活をスタート。
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――最近、「私らしさ」や「自分らしさ」という言葉をよく聞くようになりました。安井さんは、この言葉をどう捉えていますか?

「自分らしさ」という言葉には、少し誤解されやすいところがあります。
多くの場合、それは生まれながらに自分の中にある原石のようなものとして語られます。心の中なのか、頭の中なのかはわからないけれど、自分の内側を掘っていけば、どこかに本当の自分らしさが埋まっている。そういうイメージです。
でも、もし自分らしさが原石のようなものなら、生まれたときからずっと持っていて、変わらない芯のようなものがあることになります。多くの人が「自分らしく生きたい」と言うとき、どこかでそういうものを想像しているのかもしれません。
ただ、少し言いすぎかもしれませんが、私はそんなものは最初からないと思っています。
自分らしさは、自分の中に閉じて存在しているものではありません。友人と話す。家族と話す。会社で誰かとやり取りをする。そうした他者との関係性の中で、基本的には立ち上がってくるものだと思っています。
だから、自分らしさを内側に探しに行くものとして捉えるのは、あまりふさわしくない気がします。むしろ、外側に向かっていろいろな人と話したり、遊んだり、何かを楽しんだり、自分の好きなことを見つけたりする。その中で見つかっていくものが、自分らしさなのだと思います。
――自分を見つめることとは、少し違うのでしょうか?

自分を見つめる時間そのものは、大切です。就職活動のときなどにも、自分が何を大切にしているのか、何が好きなのかを考える機会があります。その時点の自分らしさは、確かにあると思います。
ただ、それは固定されたものではありません。
大学3年生のときの自分らしさと、社会に出て1年経ったときの自分らしさは違う。結婚したあと、子どもが生まれたあと、仕事で大きな経験をしたあとでも変わる。人との出会いや経験によって、自分らしさは動いていくものだと思います。
人生には、影響を受ける出会いがあります。
「あの人みたいになりたい」と思うことがある。
その人の考え方や振る舞いに引っ張られて、自分の向かいたい方向が変わることがある。
そうなると、自分らしさも当然変わっていきます。だから、自分らしさは「一度見つけたら終わり」のものではありません。その時点の現在地として理解するくらいが、ちょうどいいのだと思います。
――人との関わりによって、自分らしさは変わっていくということですね。

人との出会いは、自分の向かう方向をかなり変えると思います。
仕事で言えば、就職や転職のタイミングで引っ張ってくれた人、自分をすごく評価してくれた人、この人はすごいなと思った経営者など、影響を受けた人が何人かいます。
その人のように振る舞ってみたり、その人の考え方をある意味で真似してみたりする。そうしながら、自分の見られ方や考え方を少し整えていく。そういうことは、私自身にもありました。
自分は、最初から完成しているわけではありません。誰かに出会い、影響を受け、少し真似をし、違和感があればまた変わっていく。そうやって、自分の輪郭が少しずつ変わっていくのだと思います。
――仕事のときの自分、家族といるときの自分など、場面によって違う自分がいることは自然なのでしょうか?

仕事のときの自分と、家族といるときの自分は違います。子どもの前の自分と、会社のメンバーに話すときの自分も違う。話し方も、態度も、役割も変わります。
それ自体は自然なことです。
ただ、その違いを完全に切り分けすぎると、だんだんしんどくなることがあります。
若い頃は、私ももっときっちり分けていたと思います。小学校時代の友人の前、大学時代の友人の前、親の前、恋人の前。それぞれの関係に合わせて、こういう自分でいたほうが気持ちいい、というものがありました。
でも、それを続けていると、分けること自体がしんどくなる。
人は変わっていくのに、「この人の前ではこういう自分でいなければならない」と自分で決めてしまうと、変化を自分で許容できなくなります。
先輩の前では、ずっと後輩らしくいなければならない。友人の前では、ずっと明るい自分でいなければならない。家族の前では、ずっと頼れる自分でいなければならない。
そうやって固定すると、実際には自分が少しずつ変わっているのに、その変化を出せなくなる。そこに無理が生じるのだと思います。
――自分らしさを演じ続けることが、苦しさにつながるのでしょうか?

相手の前での自分を固定してしまうと、次に変わりたくなったときに、自分で自分を止めることになります。
たとえば、ある人の前では挑戦的なキャラクターだと思われているとします。すると、「これやってみようよ」と言われたとき、本当は今そういう気分ではなくても、断りにくくなる。
でも、そこで少し正直になって、「やるのはいいけれど、今はそういう気分じゃない」と言ってみる。すると相手は、「そうじゃないときもあるんだ」と受け取るかもしれません。
この小さな変化のキャッチボールが大事だと思います。
自分はそれだけではない。相手も、こちらを一つのキャラクターだけで見なくなる。そのやり取りが積み重なることで、関係の中にいる自分も少し変わっていく。
自分だけで自分らしさを作るのではありません。相手や人との関わりの中で、自分らしさは作られていきます。
――自分では気づいていない自分を、他人から教えられることもありますか?

自分の中を掘っているだけでは、なかなか出てこない自分があります。
私自身の話で言うと、結婚してから妻に「すごくせっかちだ」と言われるようになりました。最初はほとんど自覚がありませんでした。でも何度も言われるうちに、だんだん受け入れられるようになって、「確かに自分はせっかちなのかもしれない」と思うようになった。
過去の自分にとって、「せっかち」は自分らしさの中に入っていなかったと思います。でも、今の自分の中には、それも自分らしさの一つとして入っている。
自分が思っている自分と、他人から見えている自分は違うことがあります。年齢を重ねると、「安井さんだからできるんでしょ」と言われることもあります。自分ではそう思っていなかったけれど、そういう見られ方をしているのか、と気づく。
それも、自分らしさの一つなのだと思います。
だから、会話しないと見つからないものがある。自分の中を掘っていても、「自分はせっかちだ」ということには、私はたぶん気づけなかったと思います。
――自分らしさは、言語化したほうがいいのでしょうか?

日常の中で、強く言語化しすぎなくてもいいのではないかと思っています。
もちろん、就職や転職、結婚のようなライフイベントのときには、自分らしさがある程度わかっていたほうが判断しやすいことはあります。自分がどういう場所に合いやすいのか、どういう人と関係をつくりやすいのか、どんな働き方が自然なのか。
そうしたことを知っておくと、選択の助けになります。ただ、日常生活の中で「私はこういう人だからよろしく」と他人に強く提示しすぎると、それは少し違う気がします。
自分らしさは、絶対的なものではありません。その時点の現在地として理解しておくくらいがいい。あまり強く言語化しすぎると、今度はその言葉に自分が縛られてしまいます。
――過去を振り返る自己分析については、どう考えていますか?

過去は、自分を考えるための大切な手がかりです。
過去からの流れの中で、今の自分が積み上がっていることは間違いありません。何に喜んできたのか、何に違和感を覚えてきたのか、どんな選択をしてきたのか。それを見ることには意味があります。
ただ、「過去こうだったから、今もこうで、未来もこうだ」と決めつけるのは違うと思います。
過去は手がかりにはなる。でも、未来を固定するものではありません。
人は基本的に変化します。出会いによっても、経験によっても、置かれる環境によっても変わります。その変化を受け入れられない状態を、自分で作りにいくのはあまりおすすめできません。
「自分はこういう人だから」と決めすぎることは、一見自分らしさを大切にしているようで、実は自分を苦しめることにもなります。
――自分らしさを大切にすることが、わがままや空気の読めなさにつながることもありそうです。

「自分らしくいたい」という言葉が、自分を固定する言い訳になってしまうことがあります。
自分らしく生きたいから、他人がどうであろうと自分さえよければいい。そういう発想になると、それは関係性を断ち切ることになります。
人間は、基本的に関係の中で生きています。誰かから受け取り、誰かに返し、何かを与えたり受け取ったりしながら、社会をつくっている。人類学者のマルセル・モースが『贈与論』で扱っているように、人は贈与や返礼の関係の中で社会を形づくってきました。
自分らしさを理由に、その関係性を切ってしまうのは、少し違うと思います。
自分らしさは、他人を無視するためのものではありません。むしろ、他者との関係の中で立ち上がるものです。だから、自分らしくあることと、相手との関係を大切にすることは、本来切り離せない。
「私はこういう人だから」と言い切ることで、相手との調整や変化の余地をなくしてしまうなら、それは自分らしさではなく、自分の固定化に近いのかもしれません。
――自分らしさに悩んでいる人は、何から始めるとよいのでしょうか?

自分らしさに悩めば悩むほど、他人と話したほうがいい。何かの経験をしたほうがいい。今までやってこなかった新しいことに、少し触れてみたほうがいいと思います。
自分の中に閉じこもって考え続けても、同じ問いがぐるぐる回ってしまうことがあります。
でも、誰かと話すと、外側からの評価や受け止められ方が返ってくる。何かを経験すると、そのときの自分の感じ方が見えてくる。やってみて気持ちいいこと、違和感がないこと、逆にどうしても合わないことがわかってくる。
その中で、「この状態は自分にとって自然だな」と感じられるものが見えてくる。それが、その時点での自分らしさなのだと思います。
――大きな挑戦でなくてもいいのでしょうか?

遠くに行ったり、大きな決断をしたりしなくても、自分の見え方が変わることはあります。
いつも話さない人と話してみる。普段行かない場所に行ってみる。少し違う役割を引き受けてみる。自分が思っていることを、信頼できる人に少しだけ言葉にしてみる。
そうした小さな変化で十分です。
自分探しというと、どこか遠くに行ったり、大きな決断をしたりしなければならないように感じることがあります。でも、実際には、自分が現れやすい関係を少し増やすだけでも、自分の見え方は変わります。
自分は、自分だけで完結しているものではありません。だから、自分を知りたいなら、自分の内側だけでなく、自分がどんな関係の中で立ち上がるのかを見たほうがいい。
そのほうが、少し動きやすくなると思います。
――組織にとって、この考え方はどう関係してくるのでしょうか?

同じ人でも、場が変わると出方が変わります。
ある場ではほとんど発言しなくなる。別の場では、自然に意見が出る。ある上司の前では正しいことしか言えないけれど、別のチームでは違和感を出せる。
これは、その人の性格だけの問題ではありません。場との関係で、その人の出方が変わっているのです。
だから、組織が「その人らしさ」を見たいなら、本人の内面だけを見るのではなく、その人がどんな関係の中で働いているかを見なければならないと思います。
力が出ない人を見たときに、「本人の主体性がない」とすぐに決めつけない。もしかすると、その人の力が現れにくい関係や空気になっているのかもしれません。
――自然体で働ける組織には、何が必要なのでしょうか?

人を固定しすぎないことだと思います。
組織の中では、どうしても人にラベルがつきます。リーダーっぽい人、慎重な人、話すのが得意な人、裏方が得意な人。そうした見立てが役に立つこともありますが、固定されすぎると、人はその枠の中でしか動けなくなります。
本当は変わっているのに、前の自分を求められる。本当は違う力が出始めているのに、いつもの役割に戻される。本当は迷っているのに、安定している人として扱われる。
そういうことが続くと、人は自然体で働きにくくなります。
組織に必要なのは、「この人はこういう人だ」と決め切らずに、変化の途中にある人として見ることです。人は、関係の中で変わります。だから組織も、その変化を受け取れる余白を持っていたほうがいい。
――スカイベイビーズでは、「自分らしさ」をどう捉えていますか?

自分らしさを、固定された個性として見ないようにしています。
「あなたの本当の強みはこれです」と決めつけるよりも、その人がどんな場で、どんな関係の中で、どんな反応をしているのかを見たい。
人は、自分のことを一人ではなかなか見られません。誰かと話す中で、自分の言葉に気づく。仕事をする中で、自分の引っかかりに気づく。場に関わる中で、自分の役割が見えてくる。
そういうプロセスを大事にしたいと思っています。
スカイベイビーズが組織を見るときも同じです。制度や役割だけでなく、その人が自然体でいられる関係があるか。言葉になる前の違和感を置ける場があるか。変化し始めている自分を、無理に過去の役割へ戻されていないか。
そこに、その人らしさや組織らしさが出ると思っています。
――「本当の自分」を探すより、関係の中で見えてくる自分を受け取る。

自分を探すこと自体を否定したいわけではありません。ただ、「自分の中に答えがあるはずだ」と思いすぎると、苦しくなる。
自分は、自分の中だけにいるわけではありません。誰かとの会話の中にいる。仕事への反応の中にいる。違和感の中にいる。暮らしの変化の中にいる。場との関係の中にいる。
だから、自分を知りたいなら、自分の内側だけでなく、自分が何に反応しているのか、自分がどんな関係の中で立ち上がるのかを見ていく。
そのほうが、少し自由になれると思います。
――最後に、「本当の自分」を探している人へ伝えたいことはありますか?

「本当の自分」が見つかってから動こうとすると、いつまでも動けなくなることがあります。
自分が何者なのかがはっきりしないままでも、人は動けます。むしろ、動いてみることでしか見えない自分があります。
誰かと話す。小さく試す。違和感を言葉にする。いつもと違う場に身を置く。自分が少し自然でいられる関係を増やしてみる。
そうしたことの積み重ねの中で、「自分はこういう人間だったのか」と後からわかることがあります。
人生は、内側にある正解を掘り当てることで変わるというより、自分が現れる場や関係を少しずつ増やしていくことで変わっていくのだと思います。
「本当の自分」は、どこか奥に隠れている完成品ではない。人や仕事や暮らしとの関わりの中で、その都度、立ち上がってくるもの。
そう考えると、自分探しは少し軽くなります。
自分の中に「本当の自分」を探し続けると、今の自分が仮の姿のように見えてしまうことがあります。けれど、自分は内側だけにいるわけではありません。
誰と話すと、自然に言葉が出るのか。どんな経験をすると、気持ちが動くのか。何に違和感を持つのか。誰からの言葉で、自分の知らない一面に気づくのか。
そうした関係の中に、自分の手がかりはあります。自分らしさは、見つけるものというより、立ち上がってくるものです。だから、無理に内側を掘り続けなくてもいい。
自分が現れやすい関係を増やすこと。小さな変化を、誰かとの関係の中に投げてみること。今の自分を固定せず、その時点の現在地として受け取ること。
そこから、人生は少しずつ変わっていきます。
スカイベイビーズは、人が自分を固定せず、関係の中で自然体に変わっていける余白を大切にしています。
あなたは今、「本当の自分」を自分の中だけに探しすぎていないでしょうか。それとも、自分が少し自然に現れる場所を、もう見つけ始めているでしょうか。
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