「幸福学」研究の第一人者、前野隆司氏と共同研究したサーベイ『ソラミドWell-being』を通して、次世代の自由でフラットな組織を模索する


「普通に生きる」という言葉があります。
学校を出て、会社に入り、一定の年数働き、結婚や家庭を持ち、安定した暮らしをつくっていく。
もちろん、その生き方が悪いわけではありません。そこに安心や幸せを感じる人もいます。
けれど、その道に自分を合わせようとするほど、どこか苦しくなる人もいます。
みんなと同じように働けない。決められたレールにうまく乗れない。周囲が当たり前にできているように見えることが、自分にはどうしてもしっくりこない。
そんな時、人は自分のことを責めてしまいます。
自分は我慢が足りないのではないか。社会に適応できていないのではないか。もっと普通にならないといけないのではないか。
でも、その「生きづらさ」は、本当に直すべきものなのでしょうか。
スカイベイビーズでは、人が自然体で働くこと、生きることを大切にしています。自然体とは、社会から外れないように自分を整えることではありません。自分の中にある違和感を、なかったことにせず見つめることでもあります。
普通の生き方から外れることは、ダメなことなのか。生きづらさの正体は、いったいどこにあるのか。
代表・安井の視点からひも解きます。

クリエイティブディレクター・代表取締役。クリエイティブや編集の力でさまざまな課題解決と組織のコミュニケーションを支援。「自然体で生きられる世の中をつくる」をミッションに、生き方や住まい、働き方の多様性を探求している。2016年より山梨との二拠点生活をスタート。
スカイベイビーズの「ウェルビーイング力向上支援サービス」の詳細は下記ボタンから!
――普通の生き方から外れてしまったように感じる時、人は何に苦しんでいると思いますか?

まず最初に、苦しさの奥には「元のレールに戻らなければいけない」という感覚があるのだと思います。
会社に長く勤めること。安定した収入を得ること。周囲から心配されない選択をすること。多くの人が安心できる形を、自分も選ばなければいけない。
そう思っている時に、その道から外れると、自分の人生が壊れてしまったように感じることがあります。
でも、本当に壊れたのかというと、そうとは限りません。
むしろ、これまでの生き方ではもう自分が持たなくなっていることに、ようやく気づいたのかもしれない。今まで合わせていたものが、自分の自然な感覚とは少し違っていたのかもしれない。
普通に戻ることが正解だと思い込むと、自分の中で起きている大事な変化を見落としてしまいます。
――「普通に戻りたい」という感覚は、自然なものでもありますよね。

自然だと思います。人は不安になると、知っている形に戻ろうとします。
周囲が認めてくれる形、親が安心してくれる形、社会的に説明しやすい形。そこに戻れれば、自分も安心できる気がする。だから、普通から外れたように感じた時、「もう一度ちゃんとしなきゃ」と思う。
ただ、その「ちゃんと」が、自分を苦しくしていることがあります。
以前、スカイベイビーズのメンバーが、ある精神科医の先生に取材した記事について話していました。
その中で印象的だったのが、「直す」という言葉の捉え方です。壊れたものを修繕して元に戻すのではなく、生まれ変わることとして捉える。英語で言えば、リペアではなくリボーンに近い感覚です。
これは、生きづらさを考えるうえで大事な視点だと思います。
苦しくなった自分を、元の状態に戻そうとするのではなく、そこから新しい自分になっていく。そう見られると、生きづらさの意味が少し変わります。
※関連記事:生きづらさに、おめでとう。人生の続編は、大通りから外れて始まった | 精神科医 泉谷閑示
――生きづらさを感じると、自分に問題があるように思ってしまいます。

生きづらさを、すぐに「自分の欠陥」として見ないほうがいいと思います。
もちろん、しんどい状態が続いている時には、休むことや相談することが必要な場合もあります。そこを我慢で乗り越えればいい、という話ではありません。
ただ、生きづらさには、自分の感覚がまだ死んでいないという面もあります。
本当は違う気がする。このまま進むことに、どこか引っかかっている。
周囲に合わせているけれど、自分の中では納得できていない。
そういう違和感があるから、苦しくなる。
もし何も感じなくなっていたら、流されるままに進めるのかもしれません。でも、生きづらさを感じるということは、自分の中に「このままでいいのか」という問いが残っているということでもあります。
それは、必ずしも悪いことではないと思います。
――「生きづらさ」にもいい面があると。

普通は、生きづらさはなくしたいものとして扱われます。改善しなければいけないもの、克服しなければいけないもの、できれば見せたくないもの。そう考える人が多いと思います。
でも、「生きづらさにもいい面があると、少し見方を変えてもいいかもしれません。
生きづらさは、あなたが自分らしく生きたいと思っているサインかもしれない。自然体でいたいという心の声が、まだちゃんと残っている証拠かもしれない。周囲に合わせて思考停止するのではなく、自分の違和感に気づけている状態なのかもしれない。
そう捉えると、生きづらさはただのマイナスではありません。
もちろん、苦しさそのものを美化する必要はありません。つらいものはつらい。ただ、その苦しさを「自分はダメだ」という結論に直結させなくてもいい。そこには、新しい生き方に向かう入口があるかもしれないのです。
――周囲と同じようにできないことに、強い自己否定を感じる人もいます。

「みんなと同じようにできない」という経験は、かなり人を苦しめます。
特に、学生時代から就職までの流れの中では、同じように進むことが安心と結びつきやすい。新卒で会社に入り、まずは数年頑張る。途中で辞めずに続ける。安定した場所にいる。そういう価値観は、今でもかなり残っていると思います。
だから、入った会社を早く辞めることになったり、働き方を変えざるを得なくなったりすると、「自分だけが脱落した」と感じてしまう。
でも、その経験が本当に脱落なのかは、後から見ないとわかりません。
スカイベイビーズにも、新卒で入った会社に長くいられなかった経験のあるメンバーがいます。
当時は、自分が普通から外れてしまったように感じていた。でも後から振り返ると、それが自分の生き方を考え始めるきっかけになっていた。
こういうことはあると思います。
その時点では失敗にしか見えないことが、後から見ると、自分らしい働き方や生き方へ向かう入口だったとわかることがある。
――レールから外れた時にそう思うことは、なかなか難しいですよね。

渦中にいる時は難しいと思います。
親から見れば安定している会社だった。周囲から見れば、もったいない選択に見えた。自分でも「これでいいのか」と思っていた。
そういう中で別の道を選ぶのは、とても不安です。ただ、普通とされる道に残っていれば、自分が自然体でいられるとは限りません。
むしろ、普通に合わせ続けることで、自分の表情がどんどん死んでいくこともあります。毎月給料をもらい、社会的には安定しているように見えても、自分の中では何かが削られていく。そういう状態もある。
だから、普通から外れた時に考えたいのは、「戻れるかどうか」だけではありません。
この違和感は、何を教えてくれているのか。自分は、どんな生き方なら息がしやすいのか。どの道に戻ることではなく、どんな道を新しくつくっていくのか。
そういう問いに変えていくことが大事なのだと思います。
――普通に縛られていることに、自分では気づきにくいものなのでしょうか?

普通というものは、誰か一人が強く押しつけてくるとは限りません。親の言葉、学校での空気、会社の常識、友人との会話、社会の雰囲気。そういうものが少しずつ積み重なって、自分の中に入っていく。
気づいた時には、「これが普通だよね」と自分でも思うようになっている。
たとえば、一つの会社で長く働くことが偉い。結婚して家庭を持つことが幸せ。安定した会社を辞めるのはもったいない。変わっていることは隠したほうがいい。
そうした感覚は、意識して選んだというより、いつの間にか身についていることがあります。だから、そこから外れると、自分が悪いように感じる。
でも、苦しくなった時には、その普通を一度見直してもいいと思います。
それは本当に自分が選んだ価値観なのか。それとも、いつの間にか正しいものとして受け取っていたものなのか。
そこを見ないまま自分だけを責めると、苦しさの正体がわからなくなります。
――「変わっている」と言われることを恐れる人もいます。

「変わっているね」という言葉には、時代によっても場所によっても、少しマイナスのニュアンスが含まれることがあります。
今は個性や多様な働き方が以前より語られるようになっていますが、それでも人は「変わっている自分」を隠そうとします。周囲から浮かないようにする。扱いづらい人だと思われないようにする。普通に見えるように、自分を整える。
それで楽になるならいいのですが、長く続けると自分の感覚がわからなくなります。
変わっている部分を全部直そうとすると、その人の大事な部分まで削ってしまうことがあります。人と違う感じ方、人と違う反応、人と違う選び方。その中に、その人らしい生き方の手がかりがあるかもしれないのに、普通に戻るために消してしまう。
それは少しもったいないことだと思います。
――生きづらさを感じた時、どのように受け止めるとよいのでしょうか?

まず、「この感覚をなくさなければ」と急がなくてもいいと思います。
生きづらさを感じると、すぐに解消したくなります。もちろん、つらさが強い時には、休むことや誰かに頼ることが必要です。
ただ、少し落ち着いて見られる状態になったら、その生きづらさが何を知らせているのかを考えてもいい。
それは、自分らしく生きたいというサインかもしれません。自然体でいたいという願いかもしれません。本当はもう合わなくなっている環境に、無理に自分を合わせているという知らせかもしれません。
「こんなことを感じる自分はダメだ」ではなく、「自分は何か大切なことに気づき始めているのかもしれない」と見る。その見方があるだけで、自己否定に飲み込まれにくくなることがあります。
――生きづらさを、なくすべきものとしてだけ見ない。

生きづらさをすぐに消そうとすると、その奥にある違和感まで消してしまうことがあります。
たとえば、仕事に行くのがつらい。人間関係の中で息苦しい。周囲の期待に応えるほど、自分が遠くなっていく。その時に、ただ「もっと頑張れる自分にならなければ」と考えると、問題の場所を見誤ることがあります。
本当は、その環境が合っていないのかもしれない。本当は、その働き方では自分の力が出ないのかもしれない。本当は、誰かの期待に合わせすぎて、自分の声を聞けなくなっているのかもしれない。
生きづらさは、そうしたズレを知らせてくれます。だから、ただ解消する対象ではなく、聞いてみる対象でもあると思います。
――組織においても、「普通」の生き方や働き方は影響すると思いますか?

組織の中にも、普通ととらえてしまいがちなものはありますよね。
正社員として安定して働ける人が望ましい。フルタイムでコミットできる人が評価されやすい。いつも前向きで、急な変化にも対応できる人が強い。
リーダーならこうあるべき、若手ならこう振る舞うべき、母親なら、父親なら、管理職なら、といった見えない前提もあります。
そうした普通に合う人は、比較的自然に働けます。けれど、そこから少し外れる人は、自分を隠しながら働くことになる。
体調に波がある。家庭の事情で働き方に制約がある。会社員らしいキャリアに違和感がある。人前で強く主張するより、じっくり考えるほうが力が出る。
そういう人が、組織の中で「普通ではない」と扱われると、だんだん声を出しにくくなります。その結果、本人の力が出ないだけではなく、組織も大事なものを失います。
――普通に合わせることで、組織は一見まとまりやすくなります。

まとまりやすくはなるでしょう。ただ、そのまとまりが人を黙らせている場合もあります。
みんなが同じように働き、同じように頑張り、同じように前向きでいる。表面的には整って見えます。でも、その中で違和感を言えない人が増えると、組織の空気は少しずつ硬くなる。
「この働き方は自分には合わない」と言えない。「今の役割が少し苦しい」と言えない。「普通にできない自分がいる」と言えない。
そういう沈黙が増えると、組織は人の本当の状態を見失います。
スカイベイビーズが見たいのは、制度や肩書きの手前にある、その人の自然な状態です。普通に合わせて見えなくなっている声や、言葉になる前の違和感を丁寧に扱うことが、組織にとっても大切だと思っています。
――組織の中で、生きづらさを抱えている人にどう関わればよいのでしょうか?

「普通に戻してあげよう」としすぎないことだと思います。
もちろん、本人が困っている時には支援が必要です。業務量を調整したり、休む時間をつくったり、話を聞いたりすることは大切です。
ただ、その支援の目的が「元の働き方に戻すこと」だけになってしまうと、本人の変化を見落とすことがあります。
以前と同じように働けなくなったのは、単に弱くなったからではないかもしれません。価値観が変わってきたのかもしれない。これまで無理をしていた働き方に、身体や心が耐えられなくなったのかもしれない。別の力の出し方を探す時期に入っているのかもしれない。
そう考えると、関わり方も変わります。
その人が今、何を手放そうとしているのか。何に違和感を持ち始めているのか。どんな状態なら、もう一度自然に力が出るのか。そうした問いを一緒に置けることが大事だと思います。
――リーダーや周囲が焦らないことも必要ですね。

焦って「早く元気になって」「早く前みたいに戻って」と言われると、人はさらに苦しくなります。
本人も、戻れない自分に戸惑っています。今までできていたことができない。前のように頑張れない。みんなと同じ速度で進めない。そういう自分を、本人が一番責めていることもあります。
その時に、周囲まで「戻ること」を期待すると、本人はますます自分を否定することになる。
必要なのは、変化の途中として見ることです。
今までの自分が終わりかけている。けれど、次の自分はまだはっきりしていない。
その間にいる時、人はとても不安定になります。でも、その時期をすぐに失敗として扱わないことが、自然体で働くためには大切だと思います。
――スカイベイビーズでは、生きづらさをどのように捉えていますか?

生きづらさを、単純に悪いものとして扱わないようにしたいと思っています。
生きづらいという感覚には、その人が何かにちゃんと反応しているという側面があります。社会の普通、会社の空気、家族や周囲の期待、自分がこうあるべきだと思ってきたもの。そのどこかに違和感があるから、苦しくなる。
その違和感を全部なくしてしまうと、その人らしさまで見えなくなることがあります。
もちろん、生きづらさを抱え続ければいいという話ではありません。苦しい時は、苦しいと言っていい。助けが必要な時は、助けを求めていい。
でも、その感覚を「直すべき欠点」としてだけ扱わない。自分らしく、自然体に近づくためのサインとして見てみる。そこに、スカイベイビーズらしい向き合い方があると思います。
――自然体に生きることは、普通から外れることでもあるのでしょうか?

自然体に生きようとすると、結果的に普通から外れることはあると思います。
でも、それは反抗したいから外れるのではありません。目立ちたいから外れるのでもない。自分の感覚に嘘をつかずに選んでいくと、たまたま周囲の普通と違う形になることがある。
その時に、「自分は間違っている」とすぐに思わなくてもいい。
普通から外れることよりも、自分の違和感をなかったことにして生き続けることのほうが、長い目で見ると苦しくなる場合があります。
大切なのは、普通を否定することではありません。普通に合う人もいれば、合わない人もいる。その違いを認めたうえで、自分にとって自然な生き方や働き方を探していくことです。
――最後に、生きづらさと組織活性化の関係について聞かせてください。

活性化している組織というものは、全員が同じように元気で、同じように働けて、同じように前向きな組織ではないと思います。
むしろ、人によって違うリズムや違和感があることを前提にできる組織のほうが、自然体に近い。
誰かが普通の働き方から外れた時に、すぐに戻そうとしない。生きづらさを抱えている人を、問題のある人としてだけ見ない。その人の中で何が変わろうとしているのか、どんなあり方なら力が出るのかを一緒に見ていく。
そういう余白がある組織は、人の変化に強いと思います。
人は、ずっと同じ状態ではいられません。価値観も変わります。働き方も変わります。家族の状況も、身体の状態も、人生の問いも変わっていく。
その変化を受け止められない組織では、人は自分を隠すようになります。普通に見える自分だけを出すようになります。でも、それでは本来の力は出にくい。
スカイベイビーズが大切にしているのは、人を同じ形に整えることではありません。一人ひとりが、自分の違和感や変化を言葉にしながら、自然体で働ける形を探していけることです。
生きづらさは、組織にとって面倒なものではなく、見過ごしてはいけないサインなのだと思います。
普通の生き方から外れることは、ダメなことではありません。
ただ、外れた瞬間は不安になります。周囲と違う道を歩いているように感じる。これでいいのかと迷う。元のレールに戻らなければいけない気がする。
でも、その違和感は、あなたが自分の心の声に気づき始めたサインかもしれません。
普通に合わせるのではなく、自分にとって自然な形を探していく。そう考えると、生きづらさはただの失敗ではなくなります。
もちろん、苦しい時には一人で抱えなくていい。休んでもいいし、誰かに話してもいい。すぐに答えを出さなくてもいい。
大切なのは、「こんなふうに感じる自分はダメだ」と決めつけないことです。生きづらさの奥には、自分らしく生きたい、自然体でありたいという願いが隠れていることがあります。
スカイベイビーズは、人が普通に合わせて自分を消すのではなく、自分の違和感を手がかりにしながら、自然体に近づいていける余白を大切にしています。
あなたが今感じている生きづらさは、本当に直さなければいけないものでしょうか。それとも、新しい自分に生まれ変わるための、小さなサインなのでしょうか。
貴社の魅力を引き出す
ブランディングなら、
私たちにお任せください!